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福岡家庭裁判所飯塚支部 昭和52年(家)558号 審判 1980年10月09日

申立人 安部国子

相手方 高田道夫 外三名

主文

一  申立人安部国子の本件申立を却下する。

二  本件手続の費用中鑑定人○○○○に支給した一五万円は申立人安部国子の負担とし、その余の費用は、夫々支出した者の負担とする。

理由

第一  本件申立の趣旨

被相続人高田又次郎の遺産の分割を求める。

第二  当裁判所の判断

調査、審問の結果にもとづく当裁判所の判断は、以下のとおりである。

1  相続の開始

被相続人は、昭和五二年五月一三日、死亡し、相続が開始した。

2  相続人及び法定相続分

イ  相手方 高田サ子(妻)   九分の三

ロ  相手方 高田道夫(長男)  九分の二

ハ  相手方 加山一美(長女)  九分の二

ニ  申立人 安部国子(非嫡出子)九分の一

ホ  相手方 本山和夫(非嫡出子)九分の一

三 分割協議の不調

申立人は、昭和五二年一一月二八日、本件申立をなし、当裁判所はこれを調停に付して、昭和五三年一二月二五日と昭和五四年二月一九日の二回にわたり調停期日を開いて調停を行つたが、当事者間に合意が成立しなかつた。

四 各相続人の職業・経歴等

イ  相手方 高田サ子

六正一一年四月一四日、被相続人と婚姻。現在相手方高田道夫に扶養されている。

ロ  相手方 高田道夫

被相続人から学資を出して貰つて、日本大学卒業。現在被相続人が経営していた株式会社○○○○(婦人服・洋傘等の小売業)の代表取締役。妻一枝と同居。子は結婚して独立。

ハ  相手方 加山一美

昭和二三年加山佐太治と婚姻。現在別紙遺産一覧表(一)記載の五の建物の一階で喫茶店を経営。

ニ  申立人 安部国子

被相続人と申立外本山マツ子との間の非嫡出子である。昭和三五年七月一三日、被相続人が認知。高校卒。昭和四二年四月二二日、安部登と婚姻。夫安部登はレントゲン技師であり、申立人は夫と共に一時東京に居住していたが、夫登が、昭和四八年頃、勤務先の電々公社診療所を退職したので、飯塚に戻り、夫と共に被相続人から別紙遺産一覧表(一)記載の三の土地と、その地上の同所字同×××番地家屋番号××番×、木造瓦葺平家建居宅一棟床面積八二・二一m2並びにその付属建物である別紙遺産一覧表(一)記載の六の建物を賃借して、養豚業をはじめた。その後、後記のように同所から退去し、現在は佐賀県三養基郡○○町でドライブインを経営している。

ホ  相手方 本山和夫

被相続人と申立外本山マツ子との間の非嫡出子である。昭和三五年七月一三日、被相続人が認知。被相続人から学資を出して貰つて、拓殖大学卒業。会社員。昭和五〇年一二月結婚。子一人。借家に居住し、月収約二二万円。

五 申立人が前記土地・建物から退去するに至つたいきさつ及び被相続人の遺言について。

被相続人は、申立人及びその夫登が、賃借土地内の竹木を勝手に伐採し、庭石を処分し且右土地内に多数の豚舎を建てて土地建物貸借の目的に反する使用をなし、その契約に反する使用の停止を求めても従わないことを理由に両名を相手方として、飯塚簡易裁判所に土地明渡等調停を申立て(昭和五一年(ユ)第一五号)、ある程度の曲折はあつたが昭和五二年四月一三日、下記を骨子とする調停が成立した。

(一) 当事者双方は本件土地建物に対する賃貸借契約を合意解除し、申立人及び申立外登らは、被相続人に対し本件土地建物を明渡す。但し被相続人は右明渡を昭和五二年一〇月一三日まで猶予する。

(二) 被相続人は、申立人及び申立外登らに対し、本件土地建物の明渡につき二、〇〇〇万円の支払義務を認め、調停成立の日に一、五〇〇万円を支払つた。

(三)申立人及び申立外登は、被相続人に対し、昭和五二年一〇月一三日限り、本件土地に築造した建物等を収去し、本件土地建物を明渡す。

(四) 被相続人は、上記収去明渡完了後その通知をうけた日から五日以内に申立人及び申立外登に対して、残額五〇〇万円を支払う。

(五) 申立人及び申立外登が、昭和五二年一〇月一三日までに、本件土地建物等の収去明渡しをしないときは、被相続人は上記未払残金五〇〇万円の支払義務を免れ、申立人及び申立外登はその請求権を放棄する。 (以上)

そうして、被相続人は、上記調停が成立し、一、五〇〇万円が支払われた日の後である同年四月二〇日、福岡法務局所属公証人○○○作成昭和五二年第二、五一六号公正証書により、下記の如き遺言をした。

被相続人は、申立人に、上記土地建物を昭和五二年一〇月一三日までに明渡すことを条件に、二、〇〇〇万円を贈与するが、他の相続財産については相続させない。

以上

この公正証書遺言には、被相続人本人のほか、弁護士○○○○及び申立外永田森夫が証人として署名押印している。

この遺言と調停条項を対照し、かつ以上認定の調停成立までのいきさつを考えると、被相続人は、調停によつて支払うべき二、〇〇〇万円をもつて申立人に対する贈与とし、自己に対する相続が開始しても、他の遺産は相続させないとしたものと解するほかはない。勿論調停条項に明らかな如く、この二、〇〇〇万円は申立人の夫登も権利者であり、立退料も含まれていると解されるから、その前提に誤りがあることは明らかである。しかし遺留分減殺を別として、代償を与えることなく一部の相続人の相続分をゼロとする遺言も可能であるから、かかる遺言も当然に無効ではない。本件の遺言をもつてあらたな遺贈と解することはできない。

また申立人は、被相続人が前記遺言後の昭和五二年五月一〇日頃申立人方を訪れ、申立人に前記遺言書の作成を告げた上、更に別途二、〇〇〇万円を贈与するものであることを約束し、これを申立人に筆記させて署名押印したというが、その書面並びに関係資料をみても、いまだ心証を得難く、この点に関する贈与ないし死因贈与の存在も肯認できない。

そうして、本件二、〇〇〇万円は、うち一、五〇〇万円が支払われ、残余の五〇〇万円の支払未了の間に相続が開始したのであるが、かかる場合の遺言の解釈としては、残金は相続債務として遺産から弁済されるとして、申立人についてはその生前贈与を理由に、相続分をゼロと指定する趣旨であつたと理解するのが相当である。そうして、上記の五〇〇万円は、相続開始後、相手方高田道夫によつて支払われ、この残金債務は消滅した。

六 そこで、この遺言によつて申立人の遺留分が侵害されていないかどうかを検討してみる。

七 遺産

別紙遺産一覧表記載の(一)(二)のとおり。清算せらるべき葬儀費用は二、五〇七、六五八円、他に消極財産として負債二、九七七、四九〇円があつた。

なお、申立人及びその夫登が賃借していた別紙遺産一覧表(一)記載の六の建物の主たる建物は、附属建物同様の老朽家屋であつたが、養豚業に利用したため、ことにいたみもひどく、申立人とその夫登が退去した後、相手方高田道夫において取毀し、現存しない。

八 特別受益

イ  相手方高田道夫、同本山和夫の学資について。

この両名が被相続人から学資を支給されて大学教育をうけたことは明らかであるが、被相続人は、株式会社○○○○の経営者であつて、前記の如く相当の資産を有し、この学資支給は、同人らの生計の資本としての贈与と解するより、被相続人がその社会的地位、資産、収入に応じてなした扶養に準ずるものと解するのが相当である。

ロ  その他本件で争いがある前記二、〇〇〇万円を除いて(これは後述する)、本件共同相続人らが特別受益を得たことを確認できる資料はない。

ハ  相手方高田道夫は、前記二、〇〇〇万円のうち、立退料相当額は五〇〇万円であり、残一、五〇〇万円は、被相続人が、その娘申立人及びその夫登に生計の資本として贈与したもので、その半額に当る七五〇万円は申立人に対する贈与であると主張する(昭和五三年一二月八日付申述書)。

そうして、申立人は、これは全額立退料であると主張しているが、昭和五四年八月一日申立人審問の結果によると、申立人がいう立退料とは、他に替地を求めて、当時申立人が夫と共に経営していた養豚業の施設(豚舎、し尿処理の浄化槽、給餌設備等)を豚と共に移転し、あらたに養豚業を行うまでの費用を考えていたことは明らかで、単に賃借入が賃貸借契約解除により、その土地、建物を明渡すための移転費の範囲を超えていることはいうまでもない。そうだとすれば、前記二、〇〇〇万円には、申立人やその夫登の生計の資本としての贈与が含まれていたと解するのが相当である。そうしてその額を検討するに、上記の諸事情にてらして、二、〇〇〇万円中一、〇〇〇万円は申立人に対する立退料並びに生計の資本としての贈与であり、後者の金額は二分の一に相当する五〇〇万円を下るものではなかつたと認定するのが相当である。

ニ  してみると、この五〇〇万円は、申立人の特別受益として、相続財産の価額に加えるのが相当である。ちなみに、申立人は、この二、〇〇〇万円の内一、〇〇〇万円で佐賀県三養基郡○○町の土地約五〇〇坪を買い、四〇〇万円で家屋を建築している。なおその家屋の材料は、申立人が別途に被相続人から貰つた古材を利用している。

九 してみると、遺留分算定の基礎となる財産の価額は、次のとおりである。

遺産一覧表(一)の財産の価額 四二、九四八、七三八円

同(二)の財産の価額     二八、七八八、一〇八円

申立人の持ち戻し資産の価額   五、〇〇〇、〇〇〇円

以上合計           七六、七三六、八四六円

差引かれるべき債務額(葬儀費用の清算を含む)五、四八五、一四八円

遺留分算定の基礎となる財産の価額七一、二五一、六九八円

前記申立人の身分関係にてらして、申立人の遺留分は一八分の一であるからその額は三、九五八、四二七円(円未満切捨)となる。従つて贈与額に満たず、本件遺言は適法で、申立人は本件相続において相続分をうけることができない。

十 ちなみに、本件においては、申立人を除くその余の共同相続人間に遺産分割に関する協議が行われ、昭和五二年一一月五日付で次のとおり合意の成立をみている。

イ  相手方 高田サ子

相手方高田道夫、同加山一美、同本山和夫に分割せらるべき遺産を除く全部。但し、被相続人の葬儀費用二、五〇七、六五八円及び負債二、九七七、四九〇円を負担すること。

ロ  相手方 高田道夫、同加山一美

株式会社○○○○から支払われるべき退職慰労金債権のうち各五〇万円。

ハ  相手方 本山和夫

別紙遺産一覧表(一)記載の三の宅地のうち三八八四m2(但し特定未了)。

法定の相続分に反する分割も、共同相続人の合意によるものであり、かつそれが民法九〇六条の規定にてらして著しく不当でない限り、適法である。そうして、上記の合意は、そのような違法事由はいまだこれを認めることができないから有効と認めることができる。但し別紙遺産一覧表(一)記載の三の宅地に関する共同相続人間の合意は、八二九四m2のうち相手方本山和夫が三八八四m2、相手方高田サ子が残余の四四一〇m2(協議書記載の四八一五m2は違算と認める)とあるだけで特定については合意未了であるから、特定未了の間は、八二九四分の三八八四と八二九四分の四四一〇を各持分とする共有の趣旨に解するのが相当である。

十一 以上の理由により、申立人に相続分がないものとする遺言は適法で、申立人が遺産分割の当事者となることはできないから、申立人は申立の適格を欠く。また遺産も共同相続人により有効に分割の協議が成立している。よつて本件申立はこれを却下することとし、家事審判法第七条、非訴事件手続法第二七条を適用し、主文のとおり審判する。

(家事審判官 岡野重信)

別紙<省略>

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